「ボク、ママが亡くなってからオネショしてないよ」 「私もママみたいにお料理作れるよ。玉子焼きとか……」 「嘘だ。舞ちゃんママみたいに作れないよ」 「うるさい!舞はパパがどんな女の人を好きになっても構わないよ」 舞は新木の前で初めてパパという言葉を使った。 サラダガールズの歌が終わり、聞き覚えのあるイントロが流れてくる。「メリー・ジェーン」だ。
「あ、あの車の人だ!」 「方向が反対だもん、やっぱり嘘よ。それに顔が見えないのにどうして分かるの?」 身重の女性がボンネットを開けて覗き込んでいる。 「同じ服だもん。絶対にあの人なのに……」 イントロが終わり、つのだ★ひろが歌い出す。 「あれ、この曲、ママが亡くなる前によく歌っていた曲だ」 「本当だ。そうよ。ママがお料理を作りながらいつも歌っていた」 「何回もね」 「メリー・ジェーンとアイ・ラブ・ユー以外は全部ハミングだったけどね」 「どうしてだったの?」 「きっと英語だから難しかったのよ」 「ママ聞いているね。きっと」 二人はえりの様にハミングする。 新木は突然車を停めた。峠の奥に陽はもう半分沈んでいる。 助手席に床の並ぶ二つの骨箱を見て、自分の心の狭さを恥じた。 今新木は歳とか世間とかの常識に囚われないで人間は肉体にある限りこの世で何度でもやり直せるのだと確信した。そして新木自身もそれを出来るという勇気が湧いてきた。たとえその過程で自分に立ち塞がる問題が生じても逃げないでやり続ければいつかはきっとそれは消滅するに違いない。何故かはその仕組みは分からないが、多分問題は自分が作っていている。自分が作ったものを自分で失くせない訳はないのだ。 新木は天国のえりに向かって話しかけた。 「もう一度歌をやるよ。夢を諦めないで歌手になるよ」 舞と健太は何のことかは分からなかったが陽に映えて逞しく自信に溢れる新木を見た。京極でもない、山岸でもない、小田でもない新木自身の存在をそこに見た。この世にたった一人しかいない新木に存在を見た。逞しく自信に溢れる新木を見た。 新木は天に微笑んで車をUターンする。 思わず健太が新木に訊く。 「パパ、どこに行くよ」 「東京に帰る!」舞と健太の歓声が上がる。 新木はえりに聞こえるように「メリー・ジェーン」を歌う。勿論ハミングなしで。舞と健太は驚いて互いの顔を見合わせる。そして新木に合わせて歌う。メリー・ジェーンとアイ・ラブ・ユー以外はハミングで。
新木達を乗せた車は一本道を東京に向けて走って行く。陽が完全に沈みより赤みが射して大自然を染める。
新木は駅の道で泰司に電話した。「自分には二人が必要です。舞と健太と一緒に暮らす為に東京に帰ります」と。新木は運転しながらバックミラー越しに舞と健太の寝顔を見て、えりが血のつながりの無い二人を育ててきた謎が分かった。
終 テーマ:自作小説(ファンタジー) - ジャンル:小説・文学
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